当会運営委員の千葉拓真氏が、『加賀藩前田家と朝廷』(山川出版社)を2020年11月に上梓されました。千葉氏にとって初めての単著となります。
「本書の目的は、加賀藩前田家と天皇・朝廷との関係を分析することを通じて、近世国家の構造と特質について論じることにある。」「大名家と公家との縁組は幕府の許可制であり、天皇・朝廷の関わる諸儀礼は幕府の関与のもとで行われるため、幕藩関係の全体を明らかにする上でも、諸大名家と天皇・朝廷との関係は検討すべき課題であり、本来的には近世国家における天皇・朝廷の機能・位置づけに関する問題と一体のものとしてとらえるべきである。」(序章)
国家論以降の研究蓄積を踏まえ、朝幕藩関係という大きな視座に留意しつつ加賀藩前田家を対象に詳細な分析を試みています。「諸藩の藩政上の課題や近世国家における役割・位置づけに関わる認識ともつながる天皇・朝廷を幕府が独占したことが、近世国家の大きな特質の一つであったといえよう。近世における朝廷・幕府・諸藩の関係は、半ば一体化した<朝廷・幕府>と諸藩との関係という構造であった」(終章)との指摘は、(幕末期には解体されるにせよ)近世国家を検討する上で重要な指摘ではないでしょうか。
[目次]
序章
第一部 天皇・朝廷との関係―その構造と展開
第一章 書札礼と公武の序列
第二章 家督相続儀礼と朝廷
第三章 公家との「通路」
第四章 公家との縁組
補論1 公家との交際と家格―使者取り扱いを中心に
補論2 幕藩体制下における加賀藩の役割・位置づけをめぐる認識について
―徳川将軍家と「一揆国」
第二部 天皇・朝廷との関係を支える仕組み
第五章 京都屋敷と京都詰藩士に関する基礎的考察
第六章 京都における儀礼と交際
第七章 京都情報と有職知の収集―有識方平田内匠家を事例に
第八章 呉服所の機能
終章
また、加賀藩研究という点からも本書は大きな成果となります。加賀藩研究は、戦前から農村構造分析で大きな成果がありました。しかし、国家論が展開するなかで加賀藩研究が連動したとは言いがたく、政治史・制度史研究は停滞し、天皇・朝廷との関わりなどは看過されてきたといわざるを得ません。
そのような研究状況にあって、本書は「京都向」に表現される縁組対象としての公家との関係は勿論のこと、加賀藩における京都方面の藩組織も射程に捉えて分析がなされており、儀礼研究のみでなく政治史・制度史研究にも大きな一石を投じています。本書の成果は、今後の加賀藩研究の進展に不可欠なものになるはずです。
(宮下 和幸)